暫くして、二人が落ち着いてからペガサスに乗ることにした。
 どれも同じに見えたので、近くにいたペガサスに乗ることにした。
 俺は馬にも乗ったことがなかったので、少し怖かった。俺が乗ると、ペガサスは首を激しく左右に振った。
 さらさらの鬣が綺麗だった。
 その綺麗な純白の翼を一度ばたつかせ、真横に広げ、駆け出した。
 手綱も何もないので、落ちないように体を強張らせた。思っていたよりも上下に揺れる。そして、空を翔けた。
「お気をつけて! あなた方の幸運を祈っております!」
「ありがとう!」
 空高く翔けていく俺達に向けて、シャンラ族の女の子達は、いつまでも両手を大きく振っていた。
 地面から遠ざかるにつれて、下に広がる風景がミニチュアのように見えてくる。
 意味があるのかないのか、ペガサスは空中に飛んでからも、足を動かしていた。
 もう一度下を見ると、手を振る女の子達は、ミニチュアの家々に住む、人形のように思えた。
 雲が手を伸ばせば触れられる距離にあった。綿菓子というよりは煙に近かった。
 煙のような雲は風に流されていく。空はどこまでも青かった。
 
 
 
  The world in a game
〜第4話〜
 
 
 
 
           ◆◆◆◆◆シルフィの視点◆◆◆◆◆

「どれくらいで着くんだ?」
「結構遠いから、数日はかかると思うわ」
 私の長い黒髪が風に靡く。
「そっか」
 言った正伸君が、私の方をじっと見つめている。
「何?」
「そのネックレス」
「これ?」
「そう、それ。前のやつと違うけど、新しく買ったのか?」
「え? う、うん、そうなの」
「いいネックレスだな、それ」
「バズークの町の骨董屋さんで買ったの。他にもいくつか買ったから、良かったらあげるよ?」
「いいのか?」
「うん、買いすぎちゃって、荷物になっちゃってるから」
「そっか、じゃあ一つ貰おうかな」
 渡そうと思っていて渡せていなかったプレゼントを、何とか渡せることになってほっとした。
 それよりも、正伸君のプレゼントを買った時に、一緒に買った私の新しいネックレス。前のネックレスとあまりデザインに違いはない。それなのに、正伸君が気づいてくれたことが嬉しかった。

 ペガサスが疲れると、休憩しなければならなかった。
 広大な草原に降り立ち、ペガサスが翼を休めている時に、正伸くんにネックレスを渡した。
「はい」
 正伸君のために買ったネックレスはその昔、魔王を倒した勇者が身に着けていたものだと、骨董屋の店主が言っていた。店主の言っていたことは、かなり胡散臭かったが、私はデザインが気に入って買った。
 リング上の鎖に長方形のボードが繋がれている、シンプルなデザインのネックレスだった。
 毎晩剣の特訓をしている正伸くんが、伝説の勇者のように強くなれますように、という願いを込めてのプレゼントだった。勿論そんなことは正伸君に言えなかった。
「ありがとう」
 受け取ったネックレスを正伸君は着けようとした。
「……あれ? ……うまく着けられないや」
「貸して」
 私は正伸君からネックレスを受け取って、ネックレスを着けてあげた。
 正伸君の顔が目の前にある。私は正伸君の首に両手を回している。目が合った。
「ごめん、ネックレスなんか着けたことなかったから」
「ううん」
 私は平静を装いながら正伸君から離れた。

           ◆◆◆◆◆ジンの視点◆◆◆◆◆

 夜。正伸との剣の稽古が終わり、戻って休むことにした。
 ペガサスを連れて町に入ると目立つので、野宿をすることになった。
 正伸は疲れたと言ってすぐに眠りに就いた。
 草原の芝生の上で大の字に寝転がり、気持ちよさそうにして眠る正伸。体を横にしてすやすやと眠るシルフィ。そして、葵さんはいなかった。
 こんな時間にどこに行ったというのだろう。そう思い、捜しに行こうとした時、少し離れた所から声が聞こえてきた。
 僕は声のする方に向かった。そこは僕達と少し離れたところで、四頭のペガサスが休んでいる場所だった。
「ほら、もう休まないと明日辛いぞ」
 葵さんはそこにいた。一頭のペガサスがまだ寝付いていないようだった。
 ペガサスの頭を優しく撫でている。ペガサスはその場にしゃがみ込み、目を瞑った。
「いい子」
 正伸は葵さんのことを、男勝りの強暴女だと言っていた。葵さんと十年以上の付き合いだという正伸は、葵さんのこの一面を知らないのだろうか? 
 僕も早く休むことにした。

 目を開けると、朝日に照らされた草原が美しかった。
 ペガサス達がいる方に顔を向けると、ペガサスと話しをしている葵さんの姿があった。
「あいつはまた動物に話しかけてんのか」
 僕より先に起きていた正伸が、葵さんに軽蔑の眼差しを向ける。
 僕は葵さんとペガサスの所へ向かった。

           ◆◆◆◆◆葵の視点◆◆◆◆◆

「おはよう葵さん」
 背中から声を掛けられた。私は声のした方へと向き直った。
「あ、おはようジン」
「何してるんだい?」
「この子達にリムルを紹介してたの」
 私はクリネムのぬいぐるみに、リムルという名前を付けていた。
「そう。仲良くしてくれそうかい?」
「うん。ジンもリムルと仲良くしてよね?」
「もちろんだよ」
 ジンは満面の笑顔で約束してくれた。
「ぬいぐるみが好きなジンなら、そう言ってくれると思った」
「え? 僕がぬいぐるみを好きだなんて言ったことあったっけ?」
「あ……ううん。何となくそう思っただけ」
 バズークの町のぬいぐるみショップでの出来事を思い出していた。
「別に嫌いじゃないけど、女の子達ばっかりのぬいぐるみショップに入って買う勇気は僕にはないね」
 じゃあ、バズークの町のぬいぐるみショップにいたのは別人で、私の見間違い? いや、そんなはずはない。
 そういえばリムルが部屋の前に落ちてた時、私は物音で目を覚ましたんだ。何かがぶつかったような音の後に、誰かの足音のような音が遠ざかっていった……まさかね。
「ジン! 葵ちゃん! 朝ご飯にしましょ!」
 シルフィが私達を呼んでいる。
「葵さん、行こう」
「え? あ、うん」
 私は考えるのをやめて、朝ご飯の待つ所に向かった。

 今日も快晴で気持ち良かった。ペガサス達も気持ちよさそうに、翼を大きく広げて飛んでいる。
 私は前々から疑問に思っていたことを訊いてみた。
「ねえ、ジン」
「何だい?」
「何でシルフィと正伸は呼び捨てなのに、私だけさん付けなの?」
「うーん。…………そういえばなんでだろう? 無意識の内に葵さんを特別扱いしていたのかなあ……」
 ドキッとした。
「特別扱い?」
「ああ、気にしないで。僕にもよくわからないんだ。今言われて気づいたくらいだから。多分、何となくだと思う」
 鼓動が高鳴った。
 特別扱いってどういう意味だろう。やっぱりリムルは……そんなはずは……でも……。
「……葵さん?」
「……え? 何?」
 声が裏返ってしまった。
「どうかしたの?」
「ううん、何でもないの」
 必要以上に首を横に振ってしまって、ますます不自然になってしまった。
 それから暫くの間、"特別扱い"という言葉が頭にこびりついて離れなかった。

           ◆◆◆◆◆シルフィの視点◆◆◆◆◆

 食事の用意。私一人の時もあるけれど、ほとんどの場合は、葵ちゃんと二人で行っていた。今も二人で朝食の用意をしている。
 今日もマリルがお詫びの印しにとくれた材料を、魔法で火を起こして調理していた。それが終わるとお皿に盛り付ける。私が正伸君の皿を盛り付けていると
「それ正伸のやつ嫌いなんだ」
「これ?」
「そう、それ。あいつ昔っから紫色の食べ物が嫌いなんだ。紫色は食べ物の色じゃない、って言ってさ」
 葵ちゃんは微笑みながら言った。心が痛んだ。
「そっか……」
 私が知らない正伸君のことを、葵ちゃんはたくさん知っている。十年以上の付き合いなんだから、知らない方がおかしい。だけど、悔しかった。
 そこに正伸君がやって来た。
「おい葵、前から思ってたんだけど、お前自分の分だけ多めに盛り付けてるだろ?」
「そんなことするわけないでしょ?」
「いーや、お前ならやりかねない」
「せっかくあんたの皿から紫色の食べ物をどけてやってたのに。いっぱい入れてやるんだから!」
「やめろって! 悪かったから! 世界一優しい葵様!」
「もう遅い!」
 二人で紫色の食べ物の、入れ合いどけ合い合戦が始まった。
 ジンは笑っていたが、私は笑えなかった。
 毎日のように繰り返される、このような二人のやりとりも、私の心を傷つけた。

           ◆◆◆◆◆葵の視点◆◆◆◆◆

 今日もいいお天気。
 最近、いいお天気が続いている。毎日が穏やかで、ずっとこんな日が続きそうな気さえしてくる。でも、もうすぐこの旅は終わるかもしれないのだ。
 もし、あの地図が示す位置に本当に女神像があって、女神像に私と正伸を元の世界へと戻す力があるのならば、その時点でこの旅は終わる。
 いつだったか、ジンが私達の世界に行ってみたいと言ったことがあった。それは本気で言ったのかどうかはわからない。けれど、一緒に帰れるのならば、一緒に帰りたかった。

 それから数日間は何事もなく過ぎ去った。その数日間はずっと晴れていた。しかし、今日は前方に高くそびえる山の付近に、灰色の大きな雲が見える。
「あの山の向こうが、地図に女神像の印がしてあった場所」
 シルフィは山を見据えながら、独り言のように呟いた。それを最後に、山を越えるまで誰も口を開かなかった。

 山の付近はやはり天候が荒れていた。
 灰色の雲は時折雷を轟かせている。雷光により、山々が激しく明滅している。

 山を越えた。下を見た。そこは山に囲まれた、とても狭い空間だった。そのため、高くそびえたる山々は、その狭い空間を守るために存在しているように思えた。
 その狭い大地の大半は森だった。
 上空の大きな雨雲のせいで、まだ昼だというのにその森全体が薄暗く、足を踏み入れようものなら、二度と抜け出すことの出来ない、迷いの森のような不気味さが漂っていた。
 迷いの森は、その狭い大地を覆い尽くすかのように、大地の隅々にまで侵食していた。しかし、迷いの森の中心部、そこだけは何故かぽっかりと穴が開いたように、円く空いていた。
 私達はそこを目指した。
 遠くからでは薄暗いこともあってよく見えなかったが、そこには城がそびえ立っていた。 その城は、王子様とお姫様が住んでいるとは到底思えない、禍禍しい雰囲気に包まれていた。
 灰色にくすんだ外壁。天に抗うかのようにそびえる、いくつもの塔の周りには、得たいの知れない飛行動物が、奇声を発しながら飛びまわっていた。
 真ん中にある一番大きな塔は、縦長の直方体の形をしている。塔の上部の外壁は、四面とも大きな時計になっている。その時計の長針と短針達は、何故か逆に時を刻んでいた。
 城の周りの木々達は、その城から逃げるかのように、城とは逆方向に、皆少し傾いて立っていた。

 私達は城の入り口付近に降り立った。
 城を見上げた。心が城の威圧感に押し潰されそうになる。なんて邪悪な城なんだろう。少しでも気を抜いてしまうと、城に渦巻く邪気に心を支配されてしまいそうだ。
「本当にこんな所に伝説の女神像があるの?」
 私にはとてもじゃないが、こんな所にあるとは思えなかった。女神像なんだから、もっと明るくて綺麗な所にあると思っていた。
「わからない。けど行くしかないだろ?」
 確かに正伸の言う通りだ。
「すぐに戻ってくるから、いい子にして待っててね」
 ペガサス達が寂しくないようにと、リムルをペガサス達の側に置いた。
 私は戻って来ないかもしれないけれど、ペガサス達にそれだけ言って、入り口に向かった。
 入り口の扉までは、両脇に手摺りが付いている、幅十メートル、長さ二十メートル程の階段が伸びている。
 両開きの扉は、四人掛かりでも、開けられるかどうかわからないくらいに、大きくて重たそうだった。扉の両脇には、電信柱の数倍の大きさはあるかという程の丸い石柱があった。石柱の上の台座には、少し屈んだ姿勢の羽の生えた悪魔の像があった。悪魔達が、階段を上がる私達をじっと見ているような気がした。
 階段を上がりきり、私達は扉の前までやって来た。まだ悪魔達の視線を感じる。
 この城は巨人達の城なのだろうか? 扉の取っ手はかなり高い位置にあった。
「これじゃ届かないね」
 言いながら私は扉に片手を当てた。
 ギィィィィィィィ……
 扉が開いた。
「さすがだな」
「違うわよ! 扉が勝手に開いたの!」
 いつもの私達のやりとりに、誰も笑わなかった。
「とにかく開いたんだから、中に入りましょう」
 私達は城の中に足を踏み入れた。

 ギィィィィィィィバタン! 
 私達が中に入ると、予想通り扉が勝手に閉じた。皆もそうだったのか、誰も扉の方を振り返って見ようとはしなかった。
 真っ暗だと思っていた部屋の中は、意外と明るかった。
 火の点いた蝋燭が何本も立てられている燭台が、所々に置かれていた。天井は暗くて見えなかった。
 髑髏の巻きついた悪趣味な柱が何本も立っていた。その柱達は、吹き抜けになっている二階を支えていた。
 真っ赤な絨毯が敷かれている二階への階段は、無駄に豪華な造りの、金色でできた手摺りが付いていて、S字カーブを描きながら上へと繋がっている。
 一階の右の壁際には、異様に背もたれの長い、真っ赤な椅子が五つ並んでいた。
 何かの石でできていると思われる床は、隅々まで丁寧に磨かれていて、鏡のように上の景色を映していた。
 壁には何体もの悪魔の像が、へばりつくようにして城内を監視している。どれも微妙に顔が違っていた。
 誰も住んでいなくて、埃だらけになっているとばかり思っていたが、塵一つ無く、綺麗だった。しかし、城に入る前に感じていた邪気は、やはり中の方が強く感じられた。
「誰か住んでるのかなあ?」
 シルフィは胸の前で両手の指を絡め、不安そうに部屋を見ている。
「住んでるとしたら魔王ね」
「え? どうして?」
「ほら、シャンラ族に遺跡の石版を解読してもらったでしょ?」
「ああ、そうか」
 私が答えると、シルフィは両手の平を合わせてポンっと叩いた。
「解読してもらったのか?」
 そういえばあの時、ジンと正伸は気絶していたんだっけ。
「たしか石版の内容は、魔王に敗れし勇者の元に女神降り立ち、伝説の剣、勇者に授けたる。女神勇者の楯となりて死す。勇者その剣で魔王を退治せん。だったよね?」
「うん。それから、その女神は死んでから像になったって。それが伝説の女神像の正体だって。でも本当に願い事を叶えてくれるかどうかは、わからないって言ってたわ」
「そんな大事なことを、何で今まで教えてくれなかったんだよ?」
 あの時はそんなことよりも、あまりにも凄まじい、シャンラ族の秘密のことで頭がいっぱいだったのだ。それで言うのを忘れていた。
「ごめん。すっかり忘れてた」
「普通忘れるか?」
 正伸が呆れたように言った。
「ごめんなさい。正伸君……」
「いや、いいんだ」
 私とシルフィとでは態度が全然違う。失礼しちゃうわ。しかもファッションに全く興味がなかったはずなのに、いつの間にかネックレスなんか着けちゃってるし。正伸にしてはセンスがいいじゃない。それがなんかむかついた。
 一階の左側に一つ、吹き抜けになっている二階には三つの扉があった。
 ジンは一階の扉の前で悪戦苦闘していた。
 扉の周りは怪しげな装飾が施されていた。まるで中に誘っているかのような装飾だった。
「開かないの?」
「開かないみたいだね」
 ジンは扉に右肩を押し当て、扉に体重を掛けながら言った。
「こっちも開かないわ」
「こっちもだ」
 上から正伸とシルフィの声が聞こえてくる。
 私は二階へ上がった。
 階段の手摺りと二階の手摺りは繋がっていた。
 二階にも絨毯が敷かれていた。
 そこには左に一つ、真ん中に一つ、右に一つ、扉があった。どれも扉と扉の周りに、金色の金属でできている、怪しげな装飾が施されていた。とりわけ真ん中の扉には、蛇のような動物が左右対称に絡まっている、とても複雑な装飾が施されていた。
 正伸は真ん中の扉、シルフィは左の扉を押したり引いたりしていた。
 私は右の扉が開くかどうかを確かめた。開かなかった。全ての扉が閉まっている。
「どうなってるんだよ」
 吐き捨てるように言った正伸の近くの床が、絨毯越しに微かに白い光を放っている。そういえば、一階の扉の近くにも、微かに白く光っている個所があったような……。
 私は自分の周りをよく見た。私のいる右の扉の前が微かに白く光っている。
「ねえ、皆! 扉の近くの床が光ってるでしょ?」
「あ、ほんとだ」
「こっちもある」
「私の所にも」
 やはりシルフィの所にもあったようだ。これは何か意味があるに違いない。
「これがどうかしたの?」
「わからないけど、何か意味があると思うの」
「うーん……」
 正伸が腕組みして何やら考えている。
「これは多分……。皆、光る床の上に乗ってみてくれ!」
 正伸が何を思いついたのかはわからなかったが、私は正伸の言う通りにした。
「乗ったわよ正伸」
「私も乗ったよ?」
「僕も」
 皆が乗ったことを確認してから、最後に正伸が光る床の上に乗った。
 キィィィィ……
 甲高い音を立てながら、扉が開いた。
「開いた!」
「開いたわ!」
 正伸が光る床を離れる。
 キィィィィバタン……
 すぐさま四つの扉は閉じた。
「やっぱり」
 正伸は一人だけ理解しているようだった。
「どういうこと?」
「この扉は、四人同時に光る床の上に乗らないと、開かない仕掛けになってるんだ」
 伊達にゲームばっかりやってるってわけね。
「よくわかったね正伸!」
「凄いわ正伸君!」
 二人に褒められ、照れ笑いを浮かべている。光る床に気づいたのは私なのに。なんだか損した気分だった。
「RPGでよくある仕掛けさ」
「アールピージーって?」
「いや、何でもない」
 シルフィに訊かれて慌てて誤魔化す正伸を見て、私達がいるこの世界は、ゲームの中の世界だということを思い出した。いつの間にか、この世界に馴染んでしまっていて、違う世界にいることは自覚していたが、ゲームの中の世界だという意識は薄れていたようだ。
「とにかく、ここからは皆それぞれ、ばらばらになって行動することになるね」
「うん」
 ゴクリと唾を飲み込む。初めて格闘技の試合に出た時のことを思い出す。あの時と同じような緊張感。不安しかない緊張感。私は深呼吸した。
「皆、また後でね」
 言ったシルフィの声は、微かに震えているように思えた。
「ああ」
 正伸が再び光る床の上に乗った。キィィィィィィっと目の前の扉が開いた。

 キィィィィバタン……。
 後ろで扉が閉まった。急に心細くなった。私はこう見えてもお化け屋敷が苦手だった。 この城はまるでお化け屋敷のように不気味だった。さっきまでは皆と一緒にいたからよかったものの、一人になった瞬間、全身に恐怖が絡み付いてきた。こんなことなら、リムルを連れて来るんだった。
 扉を抜けると、通路が右に折れていた。
 壁に備え付けられている蝋燭は、頼りない炎を点らせている。
 天井を見上げると、暗くてよく見えなかったが、またしても悪魔の像がこちらを見下ろしていた。
 ここにも真っ赤な絨毯が敷かれており、その色は、悪魔達に襲われた者達の血のように思えた。今にも動き出しそうなその像を見ていると、鳥肌が立った。
 私は両腕で体を抱きしめながら、足早に進んだ。
 通路の突き当たりの近くの左側には、ヨーロッパの貴族の家にあるような扉があった。
 私は扉を開けた。

 先程までとは打って変って明るい部屋だった。
 十メートル以上の高さがある天井からは、マンホールの数倍はありそうな大きさの、シャンデリアが吊るされている。
 シャンデリアと言っても宝石が付いている訳ではなく、何本もの蝋燭が立てられているだけのものだった。
 部屋の中はシャンデリアからの蝋燭の炎の光で、橙色に染まっていた。そして私の目を引いたのは、部屋を埋め尽くしているぬいぐるみや人形達だった。四方の壁とも、天井までの半分の高さまで、それらで埋め尽くされていた。
 何百体あるのだろうか? ぬいぐるみ達のせいで部屋の広さがわからなかった。
 可愛い人形ばかりだった。
 つぶらな瞳の熊のぬいぐるみ、さらさらの髪をした日本人形、愛くるしい顔のフランス人形、私よりも大きい犬のぬいぐるみ、目を瞑った猫のぬいぐるみ、リカちゃん人形、バービー人形、この世界には存在しないはずの人形達が目立った。
 何故、現実世界のぬいぐるみや人形達がここにあるのか不思議だったが、考えても無駄だった。クリネムのぬいぐるみもあった。
 この城には女の子が住んでいるのだろうか? 
 私は奥に見えている扉へと歩を進めた。幸い扉の周辺にだけは、ぬいぐるみ達が除けられていた。
 部屋の中程まで進んだ時、全てのぬいぐるみや人形達が、体の向きを変えて、私を見ていることに気づいた。私に全ての視線が集中している。
 私は構わず進んだ。すると、どこから取り出したのか、全てのぬいぐるみや人形達は、両手にナイフを装備した。そして音もなく、少しずつ私ににじり寄ってきた。そして
「ふぅ……やっぱり簡単には通してくれないのね」
 私の言葉を合図に、心無き小悪魔達は一斉に襲い掛かってきた。

           ◆◆◆◆◆ジンの視点◆◆◆◆◆

 扉は廊下へと繋がっていた。
 廊下には蝋燭も何もなかったが、時折轟く雷の閃光が窓から射し込み、廊下を照らしている。
 窓には斜めに交差する柵があり、雷光が射し込むと、それが床に規則的な模様を浮かび上がらせている。
 廊下の床には絨毯は敷かれておらず、石でできた床が剥き出しになっていた。
 雷光に照らされて、廊下の突き当たりに扉があるのが見えた。
 僕はその半楕円の形をした、両開きの扉を開けた。
 ここでも扉はひとりでに閉じた。
 部屋の中は真っ暗だった。部屋の広さも、どこに何があるのかも、何もわからなかった。ただ闇が広がるだけの空間だった。
 とにかく手探りで部屋を調べようと思ったその時
 フッ
 僕の前髪が風で揺れた。
 フッ
 今度は風が頬を掠めた。……この部屋には何かいるようだった。

           ◆◆◆◆◆シルフィの視点◆◆◆◆◆

 扉を抜けると、階段が真っ直ぐに上へと続いていた。
 大人一人がなんとか通れるくらいの狭い幅の階段には、絨毯が敷かれておらず、先程まで絨毯の上を歩いていたためか、足の裏に伝わる感触が、酷く冷たく感じられた。
 一定の間隔で備え付けられている蝋燭の炎が、私が側を通ると揺らめき、壁に映し出されている私の影も揺らめかせている。
 短かったのか、長かったのか、よくわからなかった階段を上りきった。
 そこは直径三十メートル程の、半球の形をした部屋だった。
 部屋の中央にはパイプオルガンが置いてある。
 物凄く大きなパイプオルガンだった。こんなに大きなパイプオルガンは初めて見た。
 パイプオルガンからは、上に向かって先が斜めに切られている、大小様々な管が何本も伸びている。
 部屋の上部には、様々な模様のステンドグラスがいくつもあった。
 外は暗かったはずなのに、何故か床には、ステンドグラスの色とりどりの模様が映し出されている。
 部屋の左の方の壁には、この場所には明らかに不釣り合いな物があった。
 鉄格子。壁には鉄格子が嵌められていた。
 部屋の奥には、半楕円の両開き扉があった。私はそこに向かって歩き出した。パイプオルガンの横を通り過ぎた。
「!」
 私は思わず叫びそうになった。心臓が飛び出すかと思うぐらいに驚いた。いきなり無人のパイプオルガンが、不協和音を奏で始めたからだ。
 パイプオルガンが演奏とは言い難い演奏を始めると、鉄格子が音も無く、ゆっくりと上がっていった。いや、音も無くというよりは、不協和音に音を掻き消されていたのかもしれない。そして中から、殺意に満ちた魔物が姿を現した。

           ◆◆◆◆◆正伸の視点◆◆◆◆◆

 扉の奥は長い長い通路だった。
 かなり歩いたはずなのに、一向に出口は見えてこなかった。
 通路は何度も何度も右に左に折れ曲がり、いろいろな角度で上がり坂になっていたり、下り坂になっていたりもした。自分が今、城のどの辺りにいるのか、わからなくなっていた。
 この無駄に長い通路には、さっき皆と一緒にいた部屋から、真っ赤な絨毯が途切れることなく敷かれている。こんなに長い絨毯をどうやって作ったんだろうと思ったが、すぐにどうでもよくなった。

 いい加減足が疲れてきた。曲がり角の数を数えるのも、やめてしまっていた。俺は立ち止まり、改めて通路を観察してみた。
 一人で歩くには広すぎる幅。床には真っ赤な絨毯。
 灰色をした煉瓦造りの壁。その壁には、髑髏の頭蓋骨の上に蝋燭が立てられている燭台が、一定間隔で配置されている。
 髑髏達は、それぞれ大きさや形が違っていることから、偽物ではないことが窺える。あの格闘技女は、あれでも何故かかなりの怖がりなので、もしこれを見たら、大声で金切り声をあげながら全力疾走することだろう。
 天井まではジャンプをすれば手が届く高さで、蝋燭の炎によって照らされて、天井には特に変わったところが無いことがわかる。
「はあ……」
 眺めていても仕方がないので、先に進むことにした。
 通路は何度も折れ曲がってはいたが、一本道だった。しかし、これだけ歩いてまだ出口に辿り着けないと、さすがにどこかに分かれ道や扉があったのを、見逃してしまったんじゃないかと不安になってくる。それでも進むしかなかった。
 それから何十分ぐらい歩いただろう。ようやく通路の終わりが見えてきた。





あとがき

一ヶ月ぶりの更新だね
霧架「あなたの執筆が遅いのよ」
いろいろ忙しかったんだよHP立ち上げたりして
霧架「寝る時間を削ればいいじゃない」
唯一の安らげる時間削れないよ
霧架「だったら早く仕上げるようにしなさい」
わかりました
霧架「この話いつまで続くの?」
次で最後になる予定だよ
霧架「だったら早く仕上げなさいよね」
早めに書き上げます

霧架「それではこれで失礼しますね」
ではでは〜



おおー。パーティーの分断だね。
美姫 「それぞれに、それぞれの敵が…」
次回で最後らしいけれども、果たしてどんな結末が…。
美姫 「次回〜♪次回〜♪そ・れ・は〜♪」
次回までのお楽しみ〜〜♪
美姫 「という訳で、次回を待ってますね」
楽しみだな〜。



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